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「日本かぶれのナビ」による“視神経の冒険”
『ピエール・ボナール展』を国立新美術館にて

投稿日:2018年11月9日 更新日:

 六本木の国立新美術館では、この秋注目の展覧会『ピエール・ボナール展』が開催中です。近年再び評価が高まっているフランスの画家、ピエール・ボナールの作品が、パリのオルセー美術館から多数来日しています。初期から最晩年まで、ボナールの画業を紹介する大回顧展です。そんな本展のレポートを、鑑賞のポイントや注目作品の紹介とともにお送りします。

展覧会を構成する各章を解説した展覧会情報はこちら

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独特の表現に魅了される ピエール・ボナールの大回顧展

 知っているようでよく知らない人も多いであろう画家、ピエール・ボナール(1867‐1947年)。19世紀末のパリで活動した、ポール・ゴーギャンからの影響を受けた前衛的な芸術家集団、「ナビ派」を代表する画家です。妻であるマルト、飼っていた犬や猫たち、食卓やバスルームといった日常の親密で家庭的な空間を絵にした一方で、印象派に続く世代の画家として太陽の光に輝く風景を数多く描いています。

《ル・グラン=ランの庭で煙草を吸うピエール・ボナール》1906年頃 モダン・プリント 6.5×9cm オルセー美術館 (C)RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF

 日本では14年ぶりとなるピエール・ボナールの回顧展である本展では、ボナール作品を数多く所蔵するパリ・オルセー美術館のコレクションが一挙に来日し、絵を描き始めたころから晩年まで、油絵はもちろんデッサンや挿絵、写真なども展示されています。さらに初来日作品も約30点という充実ぶりで、ボナールファンの方にとっても満足度の高い内容となっているのではないでしょうか。

 少しマニアックな印象のピエール・ボナールですが、実は近年世界的に評価が高まっており、2015年にオルセー美術館で開催されたピエール・ボナール展では51万人もの人が訪れ、2014年のゴッホ展に次ぐ、歴代企画展入場者数の第2位を記録したそうです。

会場入口は美術館1階です。

 そんな今再注目の画家ボナールですが、その作品は展覧会や美術館の常設展示などでよく見かけます。しかし個人的にはこれまであまりグッとこなかったこともあって、正直そこまで期待はせずに向かいました。知識もあまりなく、漠然とした印象のみをもった状態での鑑賞となりましたが、終わってみればすっかりその個性的な作品の数々に魅了されてしまいました。

 写実主義を否定し、浮世絵からも影響を受けた装飾的かつ様式的な画面構成。印象派の流れを汲む、鮮烈な色彩によって目にした光景の印象をいかに絵画化するかという挑戦。室内画から風景画、描いたモティーフも実に多様です。なかには3mほどの大作もあります。少し地味なイメージでしたが、実際はかなり貪欲にさまざまな表現にチャレンジしており、こんな素晴らしい画家だったのかと驚きの連続でした。そしてなによりその色彩表現がなんとも心地よく、すっかり長居してしまいました。

 本展はキャリアの全容を概観する構成となっていますので、予備知識がなくても十分楽しめます。これまではナビ派時代の作品を中心に紹介されることが多かったようですが、本展では初期の作品や晩年の作品も多数出品されており、これを機に日本でもボナール人気が高まるのは間違いないでしょう。ぜひ、あまりボナールを知らないという方に見ていただきたい展覧会です。

混雑状況

 向かったのは会期のちょうど中盤あたり、平日のお昼過ぎでしたが、それほど混雑はしていませんでした。会場内はそれなりに賑わっているものの、作品ひとつに最大5人ほどの人だかりといったところで、鑑賞するうえでストレスを感じることはありません。

 少しでも空いているときに行きたいという方におすすめの時間帯は金・土曜日の夕方以降です。夜間開館日である金・土曜日は20時まで開館しているので、お仕事帰りや学校帰りにも最適ではないでしょうか。ちなみに国立新美術館は平日であっても18時までと、ほかの美術館よりも遅くまで開館していますので土日を避けて平日に向かうというのもおすすめです。この場合も遅めの時間帯の方が空いていると思われます。

作品点数と所要時間

 本展の出品作品は出品目録によると全部で132点となっています。なかなかボリュームがありますが、そのなかには写真が30点ほど、スケッチや本の挿絵なども含んでいますので、それほど“重たい”という感じはしません。最も注目度の高いであろう油彩画は72点です。

 所要時間は1時間30分ほどが目安となると思いますが、ボナールの作品は目を凝らしてみると色々な発見がありますので、2時間くらいかけてじっくり鑑賞することをおすすめします。

【ここに注目】本展の鑑賞ポイントは?

 本展はおおむね年代順に作品が展示されていますので、キャリアを通した画風やモティーフなどの変遷がよくわかります。そのなかでも閉鎖的な雰囲気の室内を描いていた時代から、印象派の影響を強く感じさせる美しい風景画を描いた時代の対比に、ボナールの画家としての幅が表れています。こういった創作の軌跡を、画家の生涯や人間性とともに見ていくと、気づいたらその不思議な世界に魅了されていることでしょう。

 ボナール作品の大きな魅力は、ぼんやりとした印象の画面にあります。これは、そこにある事物が何であるかを認識し、それらの位置関係や空間の奥行きを把握する以前の総体的な感覚をカンヴァス上に出現させようとした結果です。この、目がとらえた形や色がものとして意味をなす以前の印象を絵にする試みを、ボナールは「視神経の冒険の転写」と表現しています。ですから、頭で考えるのではなく、この“冒険”に身を投じることが本展を楽しむ最大の秘訣ではないでしょうか。

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特に印象に残った注目作品を紹介

ピエール・ボナール《庭の女性たち》1890-91年 デトランプ、カンヴァスに貼り付けた紙(4点組装飾パネル) 160.5×48cm(各) オルセー美術館 (C)RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF

 本作は1891年に当時23、4歳のボナールが、パリで1884年以降開催されアンリ・ルソーなどを輩出した美術展、アンデパンダン展に初めて参加した際に出品された装飾パネルです。ボナールの日本美術に対する強い関心が表れた初期の代表作であり、縦長の画面は掛軸を想起させ、女性たちが頭だけこちらを振り返る姿勢には、浮世絵の人物表現との類似が認められます。また、ドレスの幾何学的な模様や背景の植物模様が画面を平坦で装飾的なものにしています。このような平面性を際立たせる装飾性などからも、ジャポニスムの影響が見て取れます。

ピエール・ボナール《黄昏(クロッケーの試合)》1892年 油彩、カンヴァス オルセー美術館 © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF

 25歳のころに描かれた本作は、1892年の第8回アンデパンダン展に出品された作品です。そこでこの絵を見た美術批評家のフェリックス・フェネオンは、ボナールを「日本かぶれのナビ」と評しました。イゼール県ル・グラン=ランスにあったボナール家の別荘の庭で、当時流行していたクロッケーを家族で楽しんでいる様子が描かれています。左端の白い服を着た男性がボナールの義弟クロード・テラス。その手前の男性が1895年に亡くなる父ウジェーヌ、中央の白いドレスの女性が妹のアンドレ、その右の女性が従妹のベルト・シェドランだと推測されます。

 本作にはひとつの視点から描いたような遠近法の統一性は認められず、さまざまな場所から見た光景が組み合わされていることがわかります。また、左の男性のジャケットと中央の女性のドレスに施された格子柄はボナールが好んで採用したもので、これは人物の身体の立体感を奪い取り、画面を部分的に平坦にする役割を果たしています。

ピエール・ボナール《乳母たちの散歩、辻馬車の列》1897年 多色刷りリトグラフ(四曲一隻) ボナール美術館、ル・カネ

 本作は、1894年にテンペラで描かれた4点1組の屏風形式の作品《散歩》を基にして、110部限定で制作された多色刷りリトグラフのひとつです。屏風形式や広い余白の取り方、腰を屈めた女性の姿勢からは、日本美術の影響が見て取れます。遠くのものを画面の上に、近くのものを画面の下に描く「上下遠近法」を採用している点も、日本美術の要素が色濃く反映されていると言えます。

 3人の子どものうちのひとりは、女性のスカートを切り取ったシルエットで表されている点に注目です。このような余白の中で図と地を巧みに反転させてシルエットを生み出す手法は、ボナールの作品においてしばしば見られる表現です。

ピエール・ボナール《フランス=シャンパーニュ》1891年 多色刷りリトグラフ 78×50cm 川崎市市民ミュージアム

 1889年、22歳のときボナールは、リトグラフで制作された本作をフランス=カンパーニュの広告コンクールに応募し、自分が描いた絵で初めてとなる賞金を獲得しました。パリの街中に貼り出され、大きな話題となった本作は、ポスターの名作を数多く残したフランスの画家、ロートレックにも大きなインスピレーションを与えたと言われています。

ピエール・ボナール《浴盤にしゃがむ裸婦》1918年 油彩、カンヴァス オルセー美術館 © Musée d'Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt / distributed by AMF

 屈曲した姿勢や俯瞰の構図はエドガー・ドガを連想させます。他者の視線を意識した裸婦画を刷新しようとしたドガ同様、ボナールはモデルに静止したポーズではなく自由に動くことを求めました。神経の治療のために一日に何度も入浴する妻・マルトの日常的行為が描かれた本作は、実は10年ほど前の写真や記憶から再構成されています。

ピエール・ボナール《ボクサー(芸術家の肖像)》1931年 油彩、カンヴァス オルセー美術館

 ボナールが64歳のときの自画像で、タイトルのとおり画家自身がボクサーとして描かれているなんともシュールな作品です。ボナールは生涯を通して自画像を描いていますが、50歳を過ぎたあたりから老いに対する不安感や憂いが作品に表れるようになります。

ピエール・ボナール《猫と女性 あるいは 餌をねだる猫》1912年頃 油彩、カンヴァス 78×77.5cm オルセー美術館 (C)RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF

 1925年に正式に妻としたマルト、そして猫、食卓というおなじみの主題を同時に描いた本作では、さまざまな工夫が凝らされています。前景では皿とマルトの顔、テーブルとマルトの肩の丸みがそれぞれ呼応しており、後景では暖炉の端、壁、椅子が直線で表されています。円形と垂直の直線で作られた構図に動きをもたらしているのが、猫のからだを伸ばした斜めの線です。この線は、皿の魚を狙う猫の視線とほぼ同じ角度で描かれています。

ピエール・ボナール《ボート遊び》 1907年 油彩、カンヴァス オルセー美術館 © Musée d'Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt / distributed by AMF © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / image RMN-GP / distributed by AMF

 ボート遊びという題材は、クロード・モネが数多く描いたことで知られており、本作は印象派へのオマージュと考えらえます。20世紀に入って印象派をあらためて「発見」したボナールは、なかでもモネに強く惹きつけられ、1912年には彼の住むジヴェルニーに近いヴェルノンに家を購入して定期的に滞在しています。「印象派が私たちに自由をもたらした」と語るボナールは、特定の流派にこだわることなく絵画制作を続けました。近景と遠景のモティーフが同じ色調で描かれているため、本作の遠近法は厳密ではありません。そういった表現からも印象派の影響が感じられます。

ピエール・ボナール《夏》1917年 油彩、カンヴァス マルグリット&エメ・マーグ財団美術館、サン=ポール・ド・ヴァンス

 ボナールの友人でありコレクターでもあった、スイスの富豪ハーンローザー夫妻の注文で制作された幅3mを超える装飾壁画です。画面手前の木陰には男性が寝転び、3人の子どもたちが犬と戯れています。中央にはニンフを思わせるふたりの裸婦が横たわる神話的な情景が描かれ、その左にある木の葉の影からは犬を連れた女性がこちらに走り出てくる姿が見えます。現実と非現実が画面の中で溶け合った、ボナールらしい幻想的な世界観が表現されています。

ピエール・ボナール《地中海の庭》1917-18年 油彩、カンヴァス ポーラ美術館

 鮮やかな黄色に目を奪われる本作は、スイス・チューリヒ州にある基礎自治体であるヴィンタートゥールの実業家、リヒャルト・ビューラーの注文を受けて制作された装飾画です。現実の風景を基にしながらも、ボナールによって理想の風景が作り上げられています。鮮烈な光に照らされた前景とは対照的に、地中海へと続く空間を描いた後景は、夏のノスタルジーを感じさせます。

ピエール・ボナール《花咲くアーモンドの木》1946-47年 油彩、カンヴァス オルセー美術館(ポンピドゥー・センター、国立近代美術館寄託) © RMN-Grand Palais (musée d'Orsay) / image RMN-GP / distributed by AMF

 ボナール最後の作品とされている本作は、彼がル・カネに購入した家「ル・ボスケ(茂み)」の小さな庭に生えたアーモンドの木が描かれています。ボナールは本作と並行してほかの作品にも取り組んでいましたが、この絵をアトリエの壁にピンで止めたままにして、繰り返し手を加えました。そして死が目前に迫った1947年1月、すでに自ら筆をとることができなくなっていたボナールは、甥のシャルル・テラスに頼んで画面左下の部分を黄色で覆い尽くしました。

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音声ガイドは神田沙也加さんが担当

 本展の音声ガイドを担当するのは、舞台を中心に活躍中の女優、神田沙也加さんです。神田さんといえば大ヒット映画「アナと雪の女王」でアナ役を演じたことで、声優としての知名度を不動のものにしました。

 今回神田さんは、展覧会のキービジュアルになっている作品《猫と女性 あるいは 餌をねだる猫》に描かれているボナール家の物知り白猫に扮して展覧会を案内してくれます。神田さんはテレビ東京で放送されている「美の巨人たち」のナレーションも担当していますので、美術好きの方にとってはお馴染みかもしれませんね。とても聴きやすいしゃべりに加えて、可愛らしい猫の声も印象的でした。さらに、ボナールとも親しかったフランス人の作曲家、モーリス・ラヴェルによる楽曲も楽しめます。

白猫:神田沙也加 ボナールなどの言葉 語り:目黒光祐

・ガイド件数:23件+ボーナストラック2件
・解説時間:約35分
・お1人様1台550円(税込)

趣向を凝らしたグッズにも注目

 展示室を出た先にある特設ショップでは、ボナール作品にちなんだ限定グッズが多数販売されています。とにかく色鮮やかで、おしゃれなグッズが並ぶなか、本展ならではのユニークなものも。

 妻マルトの入浴の様子などを数多く描いたボナールにちなんで、お風呂グッズが用意されています。枡に入った可愛らしいマカロン型の入浴剤や、ド直球の風呂桶には思わず笑ってしまいました。そのほかボナールは日本美術から影響を受けたということで、扇子や風呂敷などもラインナップしています。

 図録は本展出品作品が全て収録されています。作品解説や章解説も展覧会にて掲載されていたものより詳しく紹介されています。複数のコラムも掲載された充実の内容となっています。

展覧会図録 2,500円(税込) B5変型 全264ページ

最後に

 そもそも「ナビ派」というと印象派・ポスト印象派、そして表現主義やフォーヴィスム、キュビスムなどの影に隠れている地味な印象を抱いていました。しかし実際には、そのどれとも違う独自の表現を追求した、非常に魅力的な芸術家集団だったのかもしれません。

 そんな「ナビ派」を代表する画家であるピエール・ボナールですが、はじめは「微妙だな〜」と感じていた独特な表現にどんどん魅了され、最終的には「気づいたらハマってた」となっていました。見た瞬間引き込まれるようなパワーがあるわけではなく、まるで沼のようにずるずると作品に引っ張られていくのです。ぜひこの不思議な感覚を多くの方に味わっていただきたいと思います。“食わず嫌い”はもったいないですよ。

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開催概要

オルセー美術館特別企画 ピエール・ボナール展
会期 2018年9月26日(水)~12月17日(月)
休館日 火曜日
開館時間 10:00~18:00 毎週金・土曜日は20:00まで。ただし9月28日(金)、29日(土)は21:00まで ※入館は閉館の30分前まで
会場 国立新美術館 企画展示室 1E
〒106-8558 東京都港区六本木 7-22-2

観覧料

  当日券 団体券
一般 1,600円 1,400円
大学生 1,200円 1,000円
高校生 800円 600円
中学生以下 無料

※団体は20名以上
※障がい者手帳をお持ちの方とその介護者1名は無料(要証明)
※11月14日(水)~11月26日(月)は高校生無料観覧日(学生証の提示が必要)

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展覧会を構成する各章を解説した展覧会情報はこちら

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