コラム

解説編『プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光』の概要、見どころを解説します。

 上野の国立西洋美術館にて2018年2月24日(土) – 5月27日(日) の日程で開催の『プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光』解説編です。巨匠ベラスケスの傑作7点を含む、プラド美術館が誇る至宝の数々が来日するこの展覧会の概要、見どころ、さらにはベラスケス作品7点の解説もお送りします。

初日に行ったレポート記事はこちら
(レポート編『プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光』を国立西洋美術館にて 初日に行った感想、混雑状況、見どころもお伝えします。 - Art-Exhibition.Tokyo)

プラド美術館が誇る西洋名画の数々が集結
5回目の開催となる人気展覧会“プラド美術館展”

 プラド美術館展は、2002年に国立西洋美術館にて開催された『プラド美術館展 スペイン王室コレクションの美と栄光』を皮切りに、これまで4回開催され、それらの来場者数は合計180万人超に上る人気展覧会です。

 2回目以降も、2006年東京都美術館にて『プラド美術館展 スペインの誇り 巨匠たちの殿堂』、2011年国立西洋美術館にて『プラド美術館所蔵 ゴヤ―光と影展』、2015年三菱一号館美術館にて『プラド美術館展― スペイン宮廷 美への情熱』といったように毎回趣向を凝らして開催されてきました。

 5回目となる本展は、日本とスペインの外交関係樹立150周年を記念して開催されるものです。2011年以来7年ぶりの大型開催であり、同美術館ならびにスペインが誇るディエゴ・ベラスケスの作品7点を中心に、17世紀絵画の傑作など61点と9点の資料が展示されます。また、12年ぶりに関西でも巡回開催されます。(兵庫県立美術館では初)

世界で最も魅力的な美術館“プラド美術館”

 スペイン・マドリードにあるプラド美術館は、16世紀以降のスペイン王家によって収集されたスペイン、イタリア、フランドル絵画などを多数所蔵する王立美術館として、1819年に開設されました。プラド美術館という名前になったのは1868年の革命後のことです。

 歴代スペイン王たちによって収集され、それぞれの国王の趣味が色濃く反映された7,000点を越える絵画コレクションのなかには、スペイン王家に宮廷画家として仕えたベラスケスやゴヤの代表作のほか、エル・グレコやムリーリョの宗教画、ラファエロ、ティツィアーノ、ボッス、ルーベンスなどイタリアやフランドル絵画の第一級のコレクションが数多く含まれており、現在でも首都マドリードの観光名所として世界中から多くの観光客が訪れます。

過去最多、巨匠ベラスケスの傑作が7点来日

 本展における最大の見どころは、展覧会タイトルにもなっている“ベラスケス”の作品です。彼は黄金時代と言われた17世紀スペインにおいても別格の存在で、西洋美術史上最も傑出した画家のひとりであると言われています。その卓越した技術とセンスで、マネやピカソといった後世の画家たちにも大きな影響とインスピレーションを与えました。

 プラド美術館では、現存するベラスケス作品の約半数にあたる46点を所蔵していますが、国民的画家としての重要性から作品の貸し出し条件は非常に厳しく、これまで日本で開催された展覧会では5点が最多で、そのラインナップも半身像や小品がほとんどでした。しかし本展には過去最多である7点、それも国王の全身像や2mを超える大作など重要作ばかりが出品されます。かつてない規模と内容のまさに“ベラスケス展”とも言える展覧会なのです。

マネやピカソにも影響を与えたベラスケスとは

 ディエゴ・ベラスケスは1599年、スペインのセビーリャ(セビリア)に生まれます。正式な名前はディエゴ・ロドリゲス・デ・シルバ・イ・ベラスケス。スペイン絵画の黄金時代であった17世紀を代表する画家です。

 11歳頃に、当地の有力な画家であったフランシスコ・パチェーコに弟子入りし、6年後17歳で独立、翌年にはパチェーコの娘であるフアナと結婚します。この頃は厨房画(ボデゴン)と呼ばれる室内情景や静物を描いた作品を制作しました。

 1623年、2回目となるマドリード旅行の際に、スペインの首席大臣であったガスパール・デ・グスマンの紹介で国王フェリペ4世の肖像画を描き、それが国王に気に入られたことで以後30年以上に渡って宮廷画家として活躍しました。当時、画家という職業には「職人」としての地位しか認められていませんでしたが、美術愛好家であったフェリペ4世はベラスケスを厚遇し、宮廷装飾の責任者を命じた上、貴族、王の側近としての地位も与えました。

 その後ベラスケスは、2度のイタリア旅行や公務での国内出張を除いてはほとんどの時間を王宮内で過ごしました。1660年にフェリペ4世の娘であるマリー・テレーズ・ドートリッシュとフランス国王ルイ14世との婚儀の準備を取り仕切りますが、マドリードに戻った後病に倒れ、1660年8月6日に61歳で亡くなりました。

 ベラスケスの作品や卓越した技法は、マネら19世紀の印象派を始めとする近代の画家にも強い影響を与えたことで知られています。

出品されるベラスケス作品7点を紹介

ディエゴ・ベラスケス《王太子バルタサール・カルロス騎馬像》

ディエゴ・ベラスケス《王太子バルタサール・カルロス騎馬像》1635年頃 油彩、カンヴァス 211.5×177cm マドリード、プラド美術館蔵 © Museo Nacional del Prado

《王太子バルタサール・カルロス騎馬像》

 本作で描かれているは、フェリペ4世の長男として生まれ、王位後継者として国中の期待を受けながら育てられるも、王位を継ぐことなく16歳で早逝した、バルタサール・カルロス(1629-46)王太子が5~6歳の頃の姿です。本作は、フェリペ4世がマドリード市外に作らせたブエン・レティーロ宮殿の「諸王国の間」で、両親である国王夫妻の騎馬像に挟まれる形で扉口の上を飾っていました。

 最も注目すべき点は、マドリード郊外のグアダラマ山脈を描いた背景です。素早い筆致で描かれた山々は、ありのままの空気感を捉えており、傑出したリアリズム的風景表現と言えます。また、帯やマントのはためきや、衣の光沢などが躍動感を伝えています。

ディエゴ・ベラスケス《狩猟服姿のフェリペ4世》

ディエゴ・ベラスケス《狩猟服姿のフェリペ4世》(No.21) 1632-34年 油彩、カンヴァス 189×124cm マドリード、プラド美術館蔵 © Museo Nacional del Prado

《狩猟服姿のフェリペ4世》

 ベラスケスの主君であり、生涯で3000点以上の絵画を収集した稀代の美術コレクターでもあったフェリペ4世(1605~65年)は、政治ではなく芸術に情熱を注ぎました。

 この作品からは、ベラスケス独自の視点を感じることができます。国王の姿を描いているわけですから、勇ましい狩りの様子や華美な装飾によって権威主義を表現するのが普通です。しかし、彼が描いた作品では像主が国王であることを示す一切の道具は排除されています。ことさら華美に描くことなく、一人の人間として極めて率直に、それでいて内面から滲み出る威厳をしっかりと表しているのがベラスケスならではです。

ディエゴ・ベラスケス《東方三博士の礼拝》

ディエゴ・ベラスケス《東方三博士の礼拝》(No.51) 1619年 油彩、カンヴァス 203×125cm マドリード、プラド美術館蔵 © Museo Nacional del Prado

《東方三博士の礼拝》

 ベラスケスが宮廷画家となる前、初期セビーリャ時代に描かれた傑作です。聖母マリアは妻フアナ、幼子イエスは生まれたばかりの長女フランシスカ、三博士のうち手前にひざまずくメルキオールが画家本人、その背後の横顔の老人カスパールが岳父パチェーコであるとされます。

 初期にはこのような明暗主義とも言える作風でしたが、宮廷画家になってからはティツィアーノ作品やルーベンスとの交流のなかで、色彩は明るくなり、筆致も洗練されていきました。

ディエゴ・ベラスケス《バリェーカスの少年》

ディエゴ・ベラスケス《バリェーカスの少年》1635-45年 油彩、カンヴァス 107×83cm マドリード、プラド美術館蔵 © Museo Nacional del Prado

《バリェーカスの少年》

 当時の宮廷では障害を持つ矮人や道化たちがエンターテイナーとして住み込んでおり、ベラスケスは彼らの肖像画を数多く描きました。この絵に描かれているのもそのうちの一人で、カルロス王太子の遊び相手をした矮人です。

 あくまでも自然な表情を捉え、短い脚や大きな頭部といった特徴を包み隠すことなく描きながら、それでいて国王や貴族と何ら変わらぬ人間としての尊厳が与えられています。ベラスケスは、相手がどんな身分であれ「個」として対峙し、その内面性を描き出そうとしたのです。

ディエゴ・ベラスケス《フアン・マルティネス・モンタニェースの肖像》

ディエゴ・ベラスケス《フアン・マルティネス・モンタニェースの肖像》1635年頃 油彩、カンヴァス 109×88cm マドリード、プラド美術館蔵 © Museo Nacional del Prado

《フアン・マルティネス・モンタニェースの肖像》

 この肖像画に描かれているのは、主にセビーリャで活躍した17世紀スペインを代表する彫刻家モンタニェース(1568~1649年)です。制作中の像は、髭の形などからしてフェリペ4世であることがわかります。その肖像を制作中に手を休め、こちら側に視線を向けている姿を描いた作品です。

 モンタニェースが鑑賞者を見つめ、鑑賞者はそのままこの絵を描くベラスケスとも重なります。このように複数の視線が行き交うことで、描かれている空間が私たちがいる空間の延長であるかのように感じられる構造になっています。こういった視線の複数性もベラスケスの特徴と言えます。

ディエゴ・ベラスケス《マルス》

ディエゴ・ベラスケス《マルス》(No.14) 1638年頃 油彩、カンヴァス 179×95cm マドリード、プラド美術館蔵 © Museo Nacional del Pradoz

《マルス》

 描かれているのは戦いの神であるマルスですが、力強く勇敢な勝利の兵士としてではなく、ベッドの端に腰をかけ、疲れた表情で頬杖をつく中年男性として描かれています。ヴィーナスとの逢引きが神々にばれて放心している姿だとも言われていますが、頭の兜や足元に置かれた甲冑、右手で支えるバトンがなければこれが軍神マルスであると判断するのは難しいほどです。

 注目すべきは兜の筆致です。近くで見ると形を成さない汚れや書き損じにすら見えるこの「染み」ですが、離れて見るとリアリティに溢れた黄金の輝きが立ち現れてくるのです。この様に、色彩を基本としながらも素早く大胆な筆致による「染み」で描く表現方法もまた、ベラスケスの大きな特徴です。

ディエゴ・ベラスケス《メニッポス》

ディエゴ・ベラスケス《メニッポス》(No.9) 1638年頃 油彩、カンヴァス 179×94cm マドリード、プラド美術館蔵 © Museo Nacional del Prado

《メニッポス》 

 メニッポスは古代ギリシアの哲学者で、現世の価値や富に懐疑的な立場をとったと伝えられる人物です。 この作品はマドリード郊外にあったトーレ・デ・ラ・パラーダ(狩猟休憩塔)の装飾として、寓話作家として名高いイソップの像と対を成す形で制作されました。

 本作は、偉大な古代の哲学者を理想化せず、当時のスペインの市井の貧しい老人として描いているのが特徴的です。グラデーションで描かれた背景に、マネは強い衝撃を受けたそう。空気感を捉えた大胆な筆致は、その他の印象派画家たちにも強い影響を与えました。

ベラスケスだけじゃない
17世紀スペイン絵画黄金時代の傑作が集結

 ベラスケスが宮廷画家として活躍した17世紀のスペインでは、他にも重要な芸術家が多数活躍するとともに、スペイン王家によって未曾有の規模で芸術の擁護と収集が行われ、名実ともに絵画の「黄金時代」を迎えました。

 本展では、ムリーリョやスルバランなどのスペイン絵画のみならず、ヤン・ブリューゲル(父)やルーベンスといったイタリアやフランドル絵画など、黄金時代の名作やそれらに影響を与えた作品61点と9点の資料が出品されます。
※東京会場では、プラド美術館所蔵作品に加え、本展の内容と密接に関連する国立西洋美術館の所蔵作品2点も出品されます。

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ《小鳥のいる聖家族》

バルトロメ・エステバン・ムリーリョ《小鳥のいる聖家族》1650年頃 油彩、カンヴァス 144×188cm マドリード、プラド美術館蔵 © Museo Nacional del Prado

フアン・デ・エスピノーサ《ブドウのある八角形の静物》

フアン・デ・エスピノーサ《ブドウのある八角形の静物》 1646年 油彩、カンヴァス 67×68cm マドリード、プラド美術館蔵 © Museo Nacional del Prado

ヤン·ブリューゲル(父)《花卉》

ヤン·ブリューゲル(父)《花卉》1615年 プラド美術館蔵

音声ガイドは及川光博さん

 音声ガイドのナビゲーターはミュージシャン・俳優として活躍し、本展の公式プレゼンターも務める及川光博さんが担当します(解説ナレーションは平田栞莉さん)

作品の見どころやストーリー、時代背景から画家にまつわるエピソードまで、分かりやすく紐解きます。 出品される7点のベラスケス作品はもれなく解説! 
【特別番外編】ベラスケスって何者? 巨匠ベラスケスの生涯、知られざる素顔をご紹介します。
♪音楽も17 世紀スペイン音楽がたっぷり! フェリペ4 世の宮廷でも活躍したマテオ・ロメロなど、同時代の音楽とともに、絵画の黄金時代を耳からもお楽しみください。(公式HPより)

図録は通常の公式図録とミニ図録の2種類

 通常の公式図録には、出品全作品の画像と作品・作家解説に加え、本展監修の川瀬佑介・国立西洋美術館主任研究員などによるテキスト4本が収録される上、プラド美術館が所蔵するベラスケスの油彩作品一覧も掲載されます。価格は2700円です。

 一方ミニ図録はその名の通り小ぶりなサイズで、出品全作品の画像と主要作品の解説が収録されます。価格は1300円です。

最後に

 大人気展覧会の5回目である本展ですが、今回も数々の貴重な名画が来日する充実した内容となっています。なかでもプラド美術館の主軸を担うベラスケスの作品は必見中の必見です。間違いなく混雑することが予想されますので、出来る限り早めに行かれることをおすすめします。後日レポート記事を書きますので、そちらもよろしくお願いします。

以上、『プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光』解説編でした。

レポート記事はこちら
(レポート編『プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光』を国立西洋美術館にて 初日に行った感想、混雑状況、見どころもお伝えします。 - Art-Exhibition.Tokyo)

開催概要

会場:国立西洋美術館(上野公園)
会期:2018年2月24日(土) – 5月27日(日)
休館日:月曜日 ※3月26日(月)、4月30日(月)は開館
開館時間:午前9時30分 – 午後5時30分 (金曜日、土曜日は午後8時まで)
※入館は閉館の30分前まで

観覧料金

当日(前売・団体): 一般 1,600円(1,400円)大学生 1,200円(1,000円)高校生 800円(600円)
※中学生以下無料※心身に障害のある方及び付添者1名は無料(入館の際に障害者手帳をご提示ください)※団体は20名以上※2018年2月24日(土)~3月4日(日)は高校生無料観覧日(入館の際に学生証をご提示ください)

巡回情報

兵庫展

会場:兵庫県立美術館(神戸市)
会期:2018年6月13日(水) – 10月14日(日)
休館日:月曜日 (ただし祝休日の場合は開館、翌火曜日休館)
開館時間:午前10時 – 午後6時 (金曜日、土曜日は午後8時まで)
※入場は閉館の30分前まで

© 2024 Art-Exhibition.Tokyo