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個人的2018年の作品ベスト10

 2019年明けましておめでとうございます。新年最初の投稿ですが、またも昨年の振り返りです。前回は印象に残った展覧会ベスト10を紹介しましたが、今回は印象に残った“作品”ベスト10を紹介します。どちらを記事にするか迷った結果の前記事だったのですが、折角なのでどちらも書こうと思い立ち、年は明けてしまいましたが急遽早足で記事制作しました。展覧会の紹介よりも細かな視点で選んだ10点ですので、意外な作品が登場するかもしれませんよ。

第10位

木島櫻谷《寒月》『生誕140年記念特別展 木島櫻谷 PartⅠ近代動物画の冒険』

木島櫻谷《寒月》

木島櫻谷《寒月》大正元年(1912) 京都市美術館

 明治から昭和初期にかけて活躍した京都の日本画家、木島櫻谷の作品です。本作は六曲一双の屏風ですが、櫻谷はそれまで左右一対の構図で描かれるのが常識だった屏風図を、洋画的なパノラマ画面で描き発展させました。本作もその構成をもつ作品です。

 月に照らされた竹林に雪が積もり、そのなかを狐が彷徨い歩いている様子が描かれています。 従来の日本画では「雪」を白く抜いて表現することがほどんどでした。しかし本作では胡粉という白い絵の具を全面に塗り、さらにその上に何層も塗り重ねることで雪が積もった立体感を表現しています。一見すると黒にもみえる竹林の部分は、群青という青色の顔料をフライパンで焼いてできた暗い青を使用しています。さまざまな描き分けの技術を結集させた本作は、櫻谷の最高傑作といわれ、大正元年に開かれた第六回文展の日本画の部門で最高賞を獲得しました。夏目漱石が酷評したことでも知られていますが、素晴らしい作品であることは明らかでしょう。本作がきっかけで屏風が好きになったという意味でも自分にとって重要な作品です。

第9位

狩野芳崖《伏龍羅漢図》『狩野芳崖と四天王―近代日本画、もうひとつの水脈―』

狩野芳崖《伏龍羅漢図》

狩野芳崖《伏龍羅漢図》明治18年 紙本著色 福井県立美術館

 室町時代中期から江戸時代末期まで続いた狩野派の終着点ともいわれる狩野芳崖による作品。明治18年第一回鑑画会大会で三等賞となった本作は、近代日本画のはじまりともいえる記念碑的な一枚です。芳崖は伝統的な描線を残しながらも西洋画法を取り入れた仏教的画題などに取り組みましたが、本作はそれがよく表れた作品といえるでしょう。

 伝統的でありながらもモダンな印象を受ける作品で、無粋な言い方になりますがコンピュータを使って描いたイラストのようにさえ感じられます。科学検査によって、龍の鱗の青や数珠の黄色などに西洋顔料が使用されている可能性が指摘されています。それもこの作品に感じたモダンな雰囲気に影響しているのでしょう。卓越した技術もさることながら、斬新な表現に思わず唸る傑作です。

第8位

ルイジ・ロワール《パリ環状鉄道の煙(パリ郊外)》『プーシキン美術館展 —旅するフランス風景画』

ルイジ・ロワール《パリ環状鉄道の煙(パリ郊外)》

ルイジ・ロワール《パリ環状鉄道の煙(パリ郊外)》1885年 油彩/カンヴァス プーシキン美術館

 ロシア・プーシキン美術館のコレクションから風景画を集めた展覧会、『プーシキン美術館展 —旅するフランス風景画』に出品された一枚。幅が3m近くある大きな作品ですが、この絵の凄いところは見る角度を変えると自分がこの絵の道に立っているような感覚になるのです。画像ではそれを体験できないのが非常に残念です。実はこの作品、展覧会開催時にまるで「VRみたいな絵」だと、とても話題になっていたそうです。やはりみなさんもそう感じていたのですね。

 鑑賞者の視点から描かれており、作者のロワールもこういった効果を狙ったのでしょう。もともとは出品される予定ではなかったそうですが、東京都美術館の学芸員である大橋菜都子さんが現地でみてぜひにとリスト入りさせたとのこと。ロワールは、日本であまり作品が展示されることはないですが、素晴らしい感性と技術をもった画家ですね。

第7位

山内重太郎《作品 5》『モダンアート再訪 —ダリ、ウォーホルから草間彌生まで 福岡市美術館コレクション展』

山内重太郎《作品 5》

山内重太郎《作品 5》1958年 アスファルト、ひも、顔料・板 福岡市美術館

 次々に起こる前衛的な運動によって、目まぐるしく変化した19世紀後半から20世紀後半の「モダンアート(近代美術)」と呼ばれれる美術を、優れたモダンアートコレクションを有する福岡市美術館の所蔵品によって紹介する展覧会『モダンアート再訪 —ダリ、ウォーホルから草間彌生まで 福岡市美術館コレクション展』。刺激的な作品が並ぶなか、群を抜いてインパクトがあったのが本作です。

 ヨーロッパに由来する美術史の正系としてのモダンアートに対して、戦後の日本では過激さにおいてそれらを凌駕する独自の運動が誕生しました。そのうちのひとつが福岡に拠点を置いた「九州派」です。本作はそんな九州派の特徴を体現した作品といえます。ベニヤ板の上に九州派の作家たちが好んで用いたアスファルトを流し込み、接着剤で溶いた顔料を垂らしたうえでガソリンを加えて火を放つという、なんとも破壊的な手法によって制作されました。偶然の結果だそうですが、作品には穴も空いてしまっています。正直もうわけがわからないですが、ただ作品が放つエネルギーは凄まじいです。九州派の作品はこのほかどれも破壊的で暴力的なものばかりで、実に緊張感があります。作品の過激さでいえばこれまでみてきた作品のなかでもトップクラスです。

尾花成春《黄色い風景 No.1》

尾花成春《黄色い風景 No.1》1959年 油彩、アスファルト、カシュー他・板 福岡市美術館

第6位

エドゥアール=レオン・コルテス《夜のパリ》『プーシキン美術館展 —旅するフランス風景画』

エドゥアール=レオン・コルテス《夜のパリ》=

エドゥアール=レオン・コルテス《夜のパリ》1910年以前 油彩/カンヴァス プーシキン美術館

 またしても『プーシキン美術館展』からの一枚。スペイン宮廷に仕えたスペイン人画家アントニオ=コルテスを父にもつ、エドゥアール=レオン・コルテスによる作品です。タイトルのとおり、これから夜を迎えようとするパリの大通りが描かれています。なんといっても、画面を彩る赤々と光ったショーウィンドウの灯りがとても幻想的で美しいです。温かみがありつつもどこか寂しげな雰囲気が心に沁みる絵で、ほかの作品を最後までみたあともう一度この絵をみに戻りました。作者自体はそれほど有名ではありませんが、印象に残る素晴らしい作品です。

第5位

ヤン・ファン・ケッセル1世《蝶、コウモリ、カマキリの習作》『ブリューゲル展 画家一族 150年の系譜』

ヤン・ファン・ケッセル1世による《蝶、コウモリ、カマキリの習作》

ヤン・ファン・ケッセル1世《蝶、コウモリ、カマキリの習作》1659年 油彩/大理石 Private Collection, USA

 「花のブリューゲル」と呼ばれたヤン・ブリューゲル1世の娘バスハシアの子、つまりヤン1世の孫にあたるヤン・ファン・ケッセル1世の作品です。彼は動物画を得意としましたが、なかでも細かな描写による昆虫や小さな生き物の絵はまるで本物の標本かのよう。完璧な正確さを追及するために科学書なども参照していたそうです。そしてこの作品で最も注目すべき点は、この絵が大理石に描かれていることです。絵画は板、カンヴァス、銅板などさまざまな支持体(素材)に描かれますが、大理石が使われるのは非常に稀なことです。この作品においては、精巧な昆虫と大理石の冷たい質感が絶妙にマッチしています。これまでみたことがない絵画で、素晴らしい作品が数多く展示された『ブリューゲル展』のなかで最も印象に残っています。ちなみに展覧会は1/11より福島県の郡山市立美術館に巡回します。

第4位

クロード・ラメ《戴冠式の正装のナポレオン1世》『ルーヴル美術館展 肖像芸術 ―人は人をどう表現してきたか』

クロード・ラメ《戴冠式の正装のナポレオン1世》

クロード・ラメ《戴冠式の正装のナポレオン1世》1813年 Photo © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Michel Urtado /distributed by AMF-DNPartcom

 ルーヴル美術館のコレクションのなかから、「肖像」をテーマに集めらた110点を超える名作の数々のなかでも特に印象的だったのが本作です。展示中盤に設けられたナポレオンコーナーに入ると真っ先に目に飛び込んでくる、高さ2mを超す大迫力の彫像。本作はナポレオンがフランス皇帝に即位し、帝位への就任を宣明する儀式である戴冠式を行ったときの姿を表したもので、元老院の議事堂であるリュクサンブール宮殿の「皇帝の間」を飾るために制作されました。

 その大きさに圧倒されますが、よく見ると額や手の甲などに血管がリアルに彫られていたり、着衣にも細かな装飾がほどこされています。いまにも動き出しそうなほどリアルな作品です。この作品も展示されている『ルーヴル美術館展』は、現在大阪市立美術館にて開催中ですのでお見逃しなく。

第3位

菊池契月《散策》『東西美人画の名作 《序の舞》への系譜』

菊池敬月《散策》

菊池契月《散策》昭和9年(1934)絹本着色 1面 173.0×173.5 京都市美術館

 3/31〜5/6に上野の東京藝術大学大学美術館にて開催された『東西美人画の名作 《序の舞》への系譜』で展示された作品です。美人画にテーマを絞り、名作が並べられた展覧会自体とても素晴らしいものでしたが、そのなかでも本作が強く印象に残っています。

 この絵を描いた菊池契月(1879-1955)は、明治後期から昭和中期にかけて活躍した日本画家です。四条派の流れをくむ菊池芳文に入門し、明治41年の第二回および翌年の第三回文展で入賞を果たしています。昭和9年の本作は、契月が当時芦屋でよく見た少女に、エジプト美術の女性像のような美しさがあることに興味をもって描いたものです。たしかに少女の顔はどことなく古代の雰囲気が感じられます。この時代の美人画にありがちな艶っぽい表現は排除されており、カラッとした印象がとても心地いいです。比較的大きな作品でインパクトもあります。もう1点出品されていた契月の作品も、繊細な印象の美しい絵でした。

菊池契月《友禅の少女》

菊池契月《友禅の少女》昭和8年(1933)絹本着色 1面 152.0×88.0 京都市美術館

第2位

大阪・道明寺蔵《十一面観音菩薩立像》『仁和寺と御室派のみほとけ ー天平と真言密教の名宝ー』

大阪・道明寺の《十一面観音菩薩立像》

《十一面観音菩薩立像》平安時代 8~9世紀 大阪・道明寺蔵

 日本全国から数々の超貴重な仏像が集結した仁和寺展において、最も感動したのが大阪・道明寺蔵の国宝《十一面観音菩薩立像》です。平安初期一木彫像の最高傑作ともいわれるこの像は、毎月18日と25日のみ開帳される道明寺の本尊です。着衣のしわ(衣文)がとてもリアルなやわらかい質感を表現していて、いまにも風にそよぎそうなほど。肌の肉感は生々しく、その整ったご尊顔はまさに美仏。これまで多くの仏像をみてきましたが、そのなかでも一番のお気に入りとなりました。

第1位

エドヴァルド・ムンク《叫び》『ムンク展―共鳴する魂の叫び』

エドヴァルド・ムンク《叫び》テンペラ・油彩

エドヴァルド・ムンク《叫び》1910年? オスロ市立ムンク美術館所蔵 © Munchmuseet

 やはり1位はムンクです。素晴らしい作品が多数展示されているムンク展ですが、この1点のためだけにでも足を運ぶ価値があると断言できます。複数のバリエーションがある《叫び》のなかで、今回来日しているのは一番最後に描かれたものです。それぞれ使用されている画材や背景の描写、人物の顔などが違いますが、個人的にはこのテンペラ・油彩画バージョンが最も作品のテーマである「不安」や「絶望」を表現できていると思います。これまでみてきたどの絵画と比べても作品自体がもつエネルギーが桁違いで、絵の中に吸い込まれるような錯覚に陥るほどです。まさに歴史的傑作。展覧会は上野の東京都美術館で1月20日まで開催されていますのでお見逃しなく。

最後に

 マニアックな作品もいくつか紹介できたと思いますが、いかがだったでしょうか。記事制作のためにあらためて図録を読み返したりしているうちに、どんどんいい作品の記憶が蘇ってきてまとめるのに苦労しました。

 心が動かされる作品との出会いは、何事にも代えがたいものです。今年もそんな作品と出会えることを願いつつ、昨年以上に多くの展覧会に足を運ぶつもりです。そしてそれをひとりでも多くの方と共有できればと思っています。今年の目標はこのサイトを覗いてくださった方の役に立つ情報を迅速かつ頻繁に発信することです。レポート記事はもちろん、コラム記事やブログでもさまざまな情報を紹介していこうと考えていますので、本年も何卒よろしくお願いします。

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