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『猪熊弦一郎展 猫たち』をBunkamura ザ・ミュージアムにて

投稿日:2018/03/30

猪熊弦一郎展猫たち

 東京、渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムにて開催中、『猪熊弦一郎展 猫たち』を観に行きました。本展のレポートと見どころを紹介します。

猫好き画家の素敵な暮らし
ユニークな猫たちを通じて猪熊弦一郎の世界に触れる

 猪熊弦一郎(いのくま・げんいちろう)は、百花繚乱の昭和の画壇にあって常に独自の境地を維持し、極めて個性的な作品群を残した画家です。「いちどに1ダースの猫を飼っていた」ほどの無類の猫好きとして知られ、私生活でも作品のモチーフとしても猫は重要な存在でした。勿論、猪熊弦一郎の芸術は猫だけにとどまるものではありません。本展は彼が愛した猫たちを描いた作品を通じて、そこからさらに踏み込んだ猪熊弦一郎の奥深い世界に触れるきっかけとなるよう企画されたものです。

 地元香川県にある丸亀市猪熊弦一郎現代美術館では、2015年に全国の猫好きの人々が訪れて話題となった「猫達」展が開催されましたが、今回はそれを発展させた展覧会として東京にやってきました。丸亀市猪熊弦一郎現代美術館所蔵の猫を描いた油彩、水彩、素描を中心に、猫以外の主題の作品も若干加えた百数十点が展示されます。

猪熊弦一郎《猫と食卓》1952年 油彩・カンヴァス 丸亀市猪熊弦一郎美術館蔵
猪熊弦一郎《青い服》1949年 油彩・カンヴァス 丸亀市猪熊弦一郎美術館蔵

猪熊弦一郎プロフィール

f:id:async-harmony:20180407002443j:plain猪熊弦一郎《自画像》1924年 油彩・カンヴァス 丸亀市猪熊弦一郎美術館蔵


 1902年香川県高松市生まれ。東京美術学校で洋画家の重鎮、藤島武二に師事。1938~1940年滞仏、フォーヴィスムのリーダー的存在であり、20世紀を代表する芸術家の一人アンリ・マティスに学ぶ。1955年再びパリへ向かう途中、立ち寄ったニューヨークに魅了され、そのまま同地に留まりアトリエを構える。およそ20年間ニューヨークを拠点に活動、渡米をきっかけに画風は具象から抽象へと大きく変化した。帰国後は東京とハワイを行き来し生涯現役で制作を続ける。1991年故郷に丸亀市猪熊弦一郎現代美術館開館。1993年90歳で逝去。香川県庁舎の壁画やJR上野駅の大壁画《自由》、三越の包装紙デザインでも知られる。

無類の猫好き画家による数百匹の猫たち

 「いちどに1ダースの猫を飼っていた」ほどの猫好きとして知られた画家、猪熊弦一郎。たくさんの猫に囲まれた暮らしのなかで、猪熊は画家の目で猫をとらえるようになり、猫をモチーフに写実的なスケッチ、シンプルな線描、デフォルメした油彩画などさまざまな作品を描きました。そこにはモチーフとしての猫に対する客観的な視点と、友としての猫に対する敬愛の念が共存しています。

 本展では、猪熊が描いた百数十点にのぼる猫の絵を、作風や技法、他のモチーフとの組み合わせなど複数の視点で紹介しています。

猪熊弦一郎 題名不明 1986年 インク・紙 丸亀市猪熊弦一郎美術館蔵
猪熊弦一郎 題名不明 制作年不明 インク・紙 丸亀市猪熊弦一郎美術館蔵
猪熊弦一郎 題名不明 1987年頃 インク・紙 丸亀市猪熊弦一郎美術館蔵
猪熊弦一郎 題名不明 1950年代 版画・紙 丸亀市猪熊弦一郎美術館蔵
f:id:async-harmony:20180407194856j:plain猪熊弦一郎《猫によせる歌》1952年代 油彩・カンヴァス 丸亀市猪熊弦一郎美術館蔵

猪熊弦一郎の奥深い世界に触れる

 学生時代は東京美術学校で藤島武二に師事。戦前にはマティスと交流し、戦後は20年間ニューヨークを拠点に活躍。その後はハワイでも活動した猪熊弦一郎は、極めて個性的な作品群を残しました。猫以外の主題の作品も加えた本展の構成は、猪熊の奥深い芸術世界に触れるきっかけになるでしょう。

f:id:async-harmony:20180407002627j:plain猪熊弦一郎《マドモアゼルM》1940年 油彩・カンヴァス 丸亀市猪熊弦一郎美術館蔵

f:id:async-harmony:20180407002816j:plain猪熊弦一郎《長江埠の子供達》1941年 油彩・カンヴァス 丸亀市猪熊弦一郎美術館蔵

f:id:async-harmony:20180406235437j:plain猪熊弦一郎《City Planning Yellow No.1》1968年 アクリル・カンヴァス 丸亀市猪熊弦一郎美術館蔵

f:id:async-harmony:20180406235454j:plain猪熊弦一郎《驚く可き風景(A)》1969年 アクリル・カンヴァス 丸亀市猪熊弦一郎美術館蔵

猪熊弦一郎《夜を飛ぶ》1980年 アクリル・カンヴァス 丸亀市猪熊弦一郎美術館蔵

f:id:async-harmony:20180406235604j:plain猪熊弦一郎《鳥 犬 顔 隣人》1992年 アクリル・カンヴァス 丸亀市猪熊弦一郎美術館蔵

レポート

 常に新たな挑戦を続け、斬新な作品を数多く生み出し、今でも人々の心を捉えている画家・猪熊弦一郎ですが、上野駅の壁画《自由》や、慶應義塾大学大学ホールの壁画《デモクラシー》、名古屋丸栄ホテルホール壁画《愛の誕生》なども手掛けており、彼を知らない人でも実は作品を目にしたことがあるかもしれません。なかでも彼がデザインした三越の包装紙《華ひらく》は、1950年の誕生から70年近くが経つ今でも変わらずに使用されており、「三越と言えばこれ」というイメージをもっている方も多いのではないでしょうか。

三越の包装紙《華ひらく》

 そんな猪熊弦一郎の展覧会ですが、本展は彼が愛した「猫たち」に焦点を当てた展覧会です。無類の猫好きとしてたくさんの猫を飼っていた猪熊は、膨大な数の猫の絵を描きました。作品としての表現方法は、写実的なスケッチ、シンプルな線描、デフォルメした油彩画など多岐にわたりますが、そのどれもが非常に独特です。ストレートに言ってしまえば、彼の描く猫はとにかく“クセがすごい”のです。作品によってはあまりのクセの強さに(悪い意味ではなく)おもわず笑ってしまいました。

 しかし彼は、最初からここまでクセの強い絵を描いていたわけではありません。本展序盤に展示されている数点の油彩作品を見れば、キャリア初期はわりと写実的な表現で描かれているのが確認できます。これは学生時代にしっかりと絵を学んでいたことによるものなのでしょう。しかし、1938年にパリへと渡ってアトリエを構えた猪熊は、尊敬していたアンリ・マティスに何度か会って自分の絵の批評を請うと、「お前の絵は上手すぎる」と言われてしまいます。その言葉は彼にとって一生の教訓となり、そして画家としての新たな出発点にもなったのです。その後、独自の表現を模索していくなかで、どんどん作風が変化していきます。本展でもそれが顕著に見て取れますので、そこに注目してみてください。

 そんな猪熊のキャリアにおける作風の変化のなかで、最も大きなものは1950年代に入ってからの具象から抽象への移行でしょう。猫の姿も、丸や四角といった形に単純化されて描かれるようになります。そして1955年に活動の拠点をニューヨークに移してからは、より前衛的な作品を制作するようになるのです。本展にはこの頃の作品が数点展示されており、これらによって猪熊弦一郎という画家の奥深さを思い知らされます。ただ猫の絵だけを展示して「かわいい」で終わるのではなく、それを入口に彼の奥深い世界に触れてもらおうという展覧会のコンセプトが感じられて関心しました。

 もう一つ印象的だったのが、愛妻家であった猪熊の、妻・文子に対する愛です。一目惚れで結婚した同じく猫好きの文子は、猪熊の作品にモデルとして幾度も登場しています。彼による初めての猫の絵も、文子が猫を抱く姿を描いたものでした。その後も文子と猫を一緒に描いた作品を何点も制作しましたが、そこでの猫はあくまでも脇役です。本展においては大々的にフューチャーされているわけではありませんが、猪熊が生涯を通して妻を大切に思っていたことが随所で感じられるのが本当に素敵だと思いました。ぜひそういった点にも注目してみてください。

 ちなみに、本展は出品点数が約170点となかなかのボリュームですが、小さな紙に描かれたスケッチや素描作品が多くを占めているため、それほど鑑賞に時間はかかりませんでした。わけあって閉館の1時間前に会場に着いたのですが、問題なく最後まで観ることができました。閉館間際は人も少ないのでおすすめです。

一部エリアのみ撮影可能

 本展では、指定された一部エリア限定で写真撮影が可能となっています。注意事項もありますので、よく確認してから撮影しましょう。

f:id:async-harmony:20180406162900j:image猪熊弦一郎 題名不明 1987年 インク・紙 丸亀市猪熊弦一郎美術館蔵

f:id:async-harmony:20180406162920j:image猪熊弦一郎 題名不明 1978年 水彩・紙 丸亀市猪熊弦一郎美術館蔵

f:id:async-harmony:20180406162932j:image猪熊弦一郎 《葬儀の日》 1988年 水彩・紙 丸亀市猪熊弦一郎美術館蔵

f:id:async-harmony:20180406163017j:image猪熊弦一郎 《猫の歌》 1990年 鉛筆、アクリル・紙 丸亀市猪熊弦一郎美術館蔵

f:id:async-harmony:20180406163031j:image猪熊弦一郎《楽しい家族》 1989年 アクリル・紙 丸亀市猪熊弦一郎美術館蔵

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 撮影可能エリアは展示室出口手前、一番最後のエリアになります。注意事項が掲示された案内板が目印です。周りの方の迷惑にならないように、混雑時などは注意しましょう。

最後に

 昨今の猫ブームにあって、本展は多くの猫好きの方々の注目を大いに集めているのではないでしょうか。実際に、会場には若い女性の姿も多くみられました。きっかけが何であれ、普段あまり展覧会に縁がないという人たちがこうして美術館を訪れているのだとしたらそれは素晴らしいことですね。しかし、本展をアート的な視点で観る場合、数点出品されている猫以外の主題の作品が重要な役割を担っていることを忘れてはいけません。僕自身がそうであったように、多くの方が「猫たち」を通じて猪熊弦一郎の奥深い世界に触れてほしいと思います。

 ちなみに本展はかなり会期が短いので、気になっている方は早めに行かれることをおすすめします。

以上、『猪熊弦一郎展  猫たち』のレポートでした。

開催概要

会場:Bunkamura ザ・ミュージアム(〒150-8507 東京都渋谷区道玄坂2-24-1)
会期:2018/3/20(火)~4/18(水) *会期中無休
開館時間:10:00-18:00(入館は17:30まで)
*毎週金・土曜日は21:00まで(入館は20:30まで)

入館料

一般 1,300円 大学・高校生 900円 中学・小学生 600円
◎学生券をお求めの場合は、学生証をご提示ください。(小学生は除く)
◎障害者手帳のご提示で割引料金あり。

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